鼻唄クラシック


テンシュテットの死

 今年(1998年)の1月11日、指揮者のクラウス・テンシュテットが死んだという記事を、「レコード芸術」3月号で読んだ。
 知らなかった。新聞の死亡者欄を見逃していたのだろうか。きっと扱いも小さかったのだろう。ゲオルク・ショルティの死が一面で報じられたのとは対照的である。それはそうかもしれない。ショルティといえばグラミー賞の最多受賞記録を誇る大指揮者であり、テンシュテットは晩年になって巨匠の仲間入りをはたした玄人好みの指揮者だった。
 テンシュテットを凄いと思ったのは、TVで見た(聴いた?)NHK交響楽団とのワーグナーである。「タンホイザー序曲」であそこまでほど心を揺すぶられたのはあれきり、ない。なんというか、人の心をむんずとつかむような、そんな演奏。ワーグナー独特のうねりが波動となって襲ってくるというべきか。
 テンシュテットは東ドイツの出身で、亡命前はそれほど知名度の高い指揮者ではなかった。しかし、ロンドンフィルハーモニー管弦楽団の常任となってからは、数々の名演でファンをとらえた。ここ数年はガン宣告を受け、病魔と戦いながら病状が好転した時だけ指揮台にのぼるという状態であった。
 私は最後の録音となったマーラーの交響曲、第6番と第7番のCDを持っているが、鬼気迫る演奏とはこの録音のような演奏のことをいうのかと身震いした覚えがある。マーラーの持つ不安感、絶望感などがむきだしのままで音となって出てくる、そんな演奏だ。「死」というものと向き合っているということもあったのだろう。恐ろしい演奏である。
 天才ヴァイオリニストのチョン・キョンファがテンシュテットとの共演を録音したいがためにわざわざデッカからEMIにレーベルを移したのは有名な話だ。
 ところが、テンシュテットのCDは最近カタログから姿を消していた。もともと大量に録音するタイプの指揮者ではなかったということもあるのだが。追悼盤として、「マーラー交響曲全集」などが再プレスされるそうだ。これはぜひ揃えたいと思う。また、未発表のライヴ録音も順次CD化されるらしいので期待したい。
 しかし、惜しい指揮者が亡くなった。病魔に打ち勝ってもう一度指揮台にのぼることを期待していたのだ。そして、またあの心をむんずとわしづかみにするような演奏を新たに聴きたかったのだ。なによりも、亡くなってから1ケ月して、専門誌で初めてその死を知ったというのがなんとなくくやしい。もっともっと評価されていい指揮者だった。

(1998年2月21日記)


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