副作用


作品解題

 高井信さん編集「SFハガジン」第136号(2019年12月2日/ネオ・ベム発行)掲載。
 もともと呑んでいた薬以外に、高血圧やら鼻炎薬やらだんだん処方される薬が増えてきた。このまま薬漬けになるのはいやだなあと思っていて、それがエスカレートしたらどうなるかを思いつくままに書き連ねていったら、ナンセンス的なSFにまとまった。よくある展開だけれど、編集の高井信さんからは「大好物」と、そしてラストは「喜多さんのオリジナル」とお墨付きをいただいた。数多くのショートショートを読んできていらっしゃる高井さんにそう言ってもらえると、非常に心強い。個人的にも非常に気に入っている作品。


 鼻水が止まらず、くしゃみばかりしている。ドラッグストアで鼻炎薬を買って呑んだが、一向に効かない。そこで仕事帰りに会社の近くの内科に行ってみた。
「これはただの鼻炎じゃないですね」
 医者は私ののどの奥をのぞきこみながら言った。
「炎症を抑える薬を出しておきましょう。仕事中に眠くなるようでしたらまた来てください」
 調剤薬局で薬を受け取り、すぐに食事をして薬を呑んだ。すると、帰宅するころには鼻水が止まった。鼻で息ができるというのはなんと気持ちのいいことだろう。しかしすぐに眠気が襲ってきたので、早寝をした。
 朝、アラームの音で目を覚ます。鼻水は出ていない。薬の効果は抜群だ。機嫌よく洗面所で顔を洗おうとして鏡を見て驚いた。
 頭に角が生えている。なんだなんだなんなんだ、これは。こんな姿で会社に行ったら気味悪がられるだろう。しかたなく仕事を休み、昨日の医者に行った。
「ああ、それは昨日の薬の副作用ですなあ。体質で、たまにそういうことの起こる人がいます。非常にまれですが」
 とんでもない副作用だ。なんてことをしてくれる。
「角を抑える薬を出しておきましょう。昨日の薬とあわせて呑んでも大丈夫ですから」
 私は薬を受け取ると、鼻炎の薬とともにすぐに呑んだ。帰宅するころにはまた眠気が襲ってきていたので、すぐに布団にもぐりこむ。
 夜中に目が覚めた。ずいぶん長く寝ていたらしい。私は急いで洗面所に行って明りをつけ、鏡をのぞきこんだ。
 頭を見ると、角は引っこんでいた。ああよかったとほっとして、もう一度鏡で確認して驚いた。顔がうろこでおおわれているではないか。思わず両手で頬をなでてみると、確かに硬い。
 夜があけると、またも会社に休みの連絡を入れ、例の医者のところに行った。
「角を抑える薬の副作用ですなあ。めったに出ないんですが、たまにそういう体質の人がいるんですよ。うろこを抑える薬を出しましょう。今までのとあわせて呑んでも大丈夫」
 薬局で薬を受け取ると、鼻炎の薬と角の薬といっしょに新しい薬を呑んだ。
 帰宅してまた寝た。眠気を抑える薬も出してもらうんだったと思ったが後の祭り。すぐに熟睡した。
 アラームの音で目覚め、大急ぎで洗面所の鏡に向かう。鼻水なし、角なし、うろこなし。ほっとしてリビングの椅子に座ろうとして驚いた。尻の下に何かがはさまって座りにくいし、痛みも感じるのだ。手探りで尻を触ると、なんてことだ、尻尾が生えている。またも会社に休むと電話し、例の医者に診てもらう。
「うろこの薬の副作用ですなあ。しかし非常に珍しい例なんで、写真をとらせて下さい」
 なんとかしてくれと言ってまた新しい薬を処方してもらった。薬局で受け取ると、その場で呑んだ。そして自宅に直行して布団をかぶって寝る。目覚めて鏡を見たら、うろこが消えたかわりにサーベルタイガーのような牙が生えていた。
 それからは自宅と医院の往復が続いた。牙が消えたら背中に羽が生え、羽が消えたら耳たぶが顔を覆うばかりの大きさに。耳がもとに戻ったらろくろ首のように首がのび、首が縮んだらくちばしが生える。そのたびに副作用を抑える薬は増えていくわけで、しまいにはどんぶり鉢いっぱいの薬を呑むために、食パンを一枚だけ食べるという食生活になった。薬だけで腹がいっぱいになるのだ。
 私は何のために薬を呑み始めたのか。なんでこんなに大量に薬を呑まなければならないのか。もう有給休暇は使い果たし、どうにもならぬようになっていた。
 へそから花が咲いた時に呑んだ薬の副作用で、くしゃみと鼻水が止まらなくなった。そうだ、きっかけは鼻水だったじゃないか。だったら、もうこんなに薬を呑む必要はない。
 私は医者から処方された薬を全部破棄し、仕事に戻るべく布団にもぐりこんだ。そう、これで最初に戻ったんだ。
 しかし、もとに戻ったわけではなかった。今度のくしゃみは薬の副作用のせいだったのだ。
「ぶわっくしょん!」
 くしゃみの威力で屋根が吹っ飛んだ。外に出てくしゃみをすると、近所の家が風圧で倒れた。
 私は急いで医院に行ったが、医院の前で特別でかいくしゃみをしてしまった。
「ぶわっくしょんえええれえええいっ!」
 医院は宙に舞い、医者は空中高く飛ばされたかと思うと地面にたたきつけられて気を失った。
 私はくしゃみを連発した。そしてやっとくしゃみが治まった時、私の住む町は廃墟と化していたのだった。


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