星の種


作品解題

 早川書房「S−Fマガジン」2002年6月号に掲載された。絵は藤原ヨウコウさん。いろいろな作家の短編に藤原さんが絵をつけていくという企画「ことのはの海、カタシロノ庭」のなかのひとつ。
 藤原さんの絵というものをかなり意識し、既定枚数にあわせて大幅に描写をカットした。特にラストシーンはどのようなイメージで絵があがってくるか楽しみにしていたのだが、私の想像をこえる美しい絵が送られてきた時には感動してしばらく興奮がおさまらなかった。童話を書いた中で叩きこまれた「絵を中心に考えて文章を書く」という手法を生かすことができて実に嬉しい瞬間だった。
 というわけで、この話は藤原さんの絵が不可欠なのだが、ここでは文章だけを掲載しておく。


 同じ年の同じ月、同じ日に、別々の家で、男の子と女の子が生まれた。
 村の占いおばばが二人の背中のあざを見て言った。
「この馬の形のあざのある男の子は、星を食らう者じゃ。この斑点のあざのある女の子は、星の種をまく者じゃ」
 占いおばばは村長が生まれる前からこの村の吉凶を占い続け、その言葉を軽んじると村に災いが起こったものだ。
 村長が身震いをした。
「どうすればよいので」
「わしが森で育てよう」
 おばばは二人の子どもを連れて、隣村との境にある深い森に消えていった。

「それは大いなる神だけが知っている。大いなる神は、新たな世界を作ろうとされている。その時におぬしたちの力が要る。それまでおぬしらを育てるのがこのばばのつとめ」
 占いおばばは、ことあるごとに二人にそう話しかけた。
 おばばと二人が住んだのは、森の中心にある古木のうろの中だ。人がひとりやっと入れるうろの中は、広い空間につながっていた。
 そこには無数の小さな光が散らばっていた。
 最初はけだものの乳をのみ、やがておばばがどこからか持ってくる甘い砂をなめ、二人は大きくなっていった。
 男の子は女の子と遊びたがった。しかし、女の子は男の子のことをなにかしら薄気味悪く感じ、嫌がった。おばばは言った。
「時がくるまでは、それでよい」
 そのたびに、男の子は舌打ちをし、女の子は安堵の溜め息をつくのだった。

「星だ」
 ある時、おばばは少年になった『星を食らう者』にそう言うと、大量の光の中から赤くて大きな光に手をのばした。少年の背中が光った。服の下に馬の形の光がすけて見える。その光に呼応するかのように、赤い星が近づいてくる。そして、その星は少年の口の中に吸い込まれていった。背中の光が消えた。
「もっと食らえ。どんどん食らえ」
 こうして少年は星を食らい続けるようになった。娘となった『星の種をまく者』には、光がすけて見える粒が与えられた。
「その粒を食べ、星を育てる力をたくわえよ。そして、時を待て」
 それがおばばの口ぐせになった。


 やがて、娘は子どもを産める体になった。それを知ったおばばは二人を別々の木のうろに住まわせるようになった。
「時がくるまで、離れねばならん」
 しかし、少年は自分の木のうろから出て、娘が森の中を歩くのをみつけ、つかまえるとむりやり自分のすみかに引きこみ、娘を組み伏せた。
「俺と交われ」
「いや」
 娘は拒んだ。
「俺の中にある何かが、お前と交われと叫ぶ。俺はその声を聞くと、狂いそうになる」。
 娘は逃げようとした。しかし、少年は重かった。その見かけの大きさの何倍もの重さがあった。
「交われ」
 少年が娘の股間に割って入ろうとしたその時、占いおばばがとびこんできた。
「やめんか。まだ時がきておらぬ」
 占いおばばは少年にとびついた。しかし、少年はそれをはねのけた。おばばのからだは宙を舞い、地にたたきつけられた。
 少年は娘の中に入ってきた。そして激しく動いた。
「痛い痛いやめて」
 少年が娘の中に精を放った。その瞬間、背中のあざが光り輝いた。
「うおお」
 少年は星の群れに向かい、恐ろしいばかりの勢いでそれを吸いこみはじめた。無数の光が少年の口にとびこんでいった。
 ずし、と地がうめいた。少年の足がめりこんでいく。
「うおお」
 光はとうとう最後の一つまで残さずに消えた。
「うおお」
 少年はもうすでに立つこともできなくなり、自分の重みでつぶされようとしている。それでも少年はあらゆるものを吸いこみ続けた。おばばも、森も、なにもかも。
 背中のあざは閃光を放ち続けた。
 突然、その光が消えた。

 娘は、何もない空間に浮かんでいる自分に気がついた。自分も少年に吸いこまれてしまったのか、それもわからない。
 光も、音も、何もない。
 娘は、自分の背中に熱を感じた。やがて斑点のあざから発せられる光が、娘のまわりをぼんやりと照らした。
「あ、星の種」
 娘は、胎内にある星の種に気がついた。
 どれだけの時が過ぎたものか。
「時が、きた」
 背中のあざがどんどんと熱をあげていく。 そして、娘の胎内から、星の種が産まれた。娘はその種をまいた。
 何もなかった空間に、小さな光が現れ、それは少しずつ遠ざかろうとしていた。
 娘は、自分の体が焼きつくされようとしているのを感じた。体全体が強く輝き、そして消えた。
 星の種は、次々と星を増やし、光の渦がひろがっていった。
 そこから先のことは、誰も知らない。


てなもんや囲炉裏端

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