太平洋での戦線が少しずつジリ貧になり、山本五十六の残した戦略メモでも戦果があがらない海軍は、六発重爆撃機「富嶽改」でワシントンを空襲し、講和に向けた戦略を開始する。
これらが軍令部の一存で決められ、海軍大臣の追認だけで実行されているらしいのはいくら戦時中で軍が暴走していたとはいえ、おかしいと思う。「東条首相もこれを認め」ただけでは不十分。最低でも閣議を開いたという記述を挿入してほしいところだ。なぜ、こんな細かいことを書くのかというと、往々にして架空戦記では、戦争は政治の手段の一つという認識が欠けがちだからで、特にこの作者と霧島那智にその傾向が強いからである。そういった認識なしに書かれた架空戦記にどれだけの意義があるのか、疑問に思うのだ。
(1998年1月11日読了)