1970年に大阪万博がなかった世界。凶作で食料不足になった小さな町に、「蚤のサーカス」がやって来た。
虫好きの少年、たかしとあげはは「蚤のサーカス」に魅了され、サーカス団長のトミー田中からサーカスにはいるように誘われる。
虫をめぐる少年たちの活躍、例えば資金稼ぎに大型の蝶や雑種の蝶を育てたりというような、一つのことに夢中になる心の動きがとてもていねいに描かれていて、なにかしら甘酸っぱいような気分になる。
最大の謎はサーカス団長なのだが、その正体が明かされる時、それまでの柔らかな雰囲気から突如緊迫感あふれるムードに変わる。その転換はみごと。
サーカスの蚤に、実は不思議な力をもたせているのだが、それは従来のSFなら何か新種の生物や特別な機械を使うということになっていると思う。それを蚤にしたことでこれまでにない独特の味が出ている。
「蚤のサーカス」という怪しげな見せものからここまで想像力を働かせて、ひとつの空間を作り上げたのはさすがだといっていいだろう。
ただ、”万博のなかった1970年”という設定にした理由が私にはよくわからなかった。ノスタルジーを感じさせる世界をつくり出すために、特にこれが必要だったとは思えなかったのである。たぶん、なにか意味があるはずなのだ。それを読み取れなかったのは私に想像力が欠けているということなんだろうか。
ともかく、独特の世界に読者を引き込む佳品である。
(1998年9月5日読了)