読書感想文


セレーネ・セイレーン
とみなが貴和著
講談社X文庫ホワイトハート
1998年9月5日第1刷
定価610円

 第5回ホワイトハート大賞〈佳作〉受賞作。
 びっくらこきました。新人ながらこの筆力、ただごとではない。
 月面開発基地で、科学者カリが開発したコンピュータの秘書プログラムを、女医メグが提供したダッチワイフロボットに組み込み、技師J・Jがボディを改良、完成させたヒューマノイド・ロボットが主人公、ドーンである。
 この物語はドーンの一人称で語られている。そのため、ホストコンピュータから切り離されて「人」と同じように自由に空間を移動できるようになったドーンの感動などをすんなりと読み手も共有できるように描かれている。そうです、共有できるのです。そのための書き込みがきっちりしているのだ。体を動かすプログラム、表情を作るプログラムなど、ドーンは次々と自分のものにしていく。やがてプログラムにない計算しきれない感情がドーンの内部に生まれてくる。喜び、悲しみ、そして恋。カリたちの予想を越えて人間に近づくドーン。
 しかし、ドーンをロボットのままにとどめておきたい者やロボットに恋をしてしまいそれを間違いだと思おうとする者……。ドーンの目を通じていろいろな人々の感情を作者は描く。それもドーンが使い得る限定された言葉だけで。
 ラストシーンに至るまで、その展開は予断を許さない。最後まで読み手を引っぱっていく力がある。ヤングアダルト小説も大人向けの小説もどんどん書いていってほしい。SFコンベンションに呼びましょう。「S−Fマガジン」に書いてもらいましょう。
 ところで、この小説はエンジニア系の人たちにはどう受け取られるだろうか。知りたいところである。

(1998年9月13日読了)


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