読書感想文


ヴァーグナー家の人々 30年代バイロイトとナチズム
清水多吉著
中公文庫
1999年1月18日第1刷
定価648円

 ワーグナーとその妻コジマがつくりあげたバイロイト歌劇場。そこで行われるバイロイト祝祭を長男のジークフリートが運営していた間はよかったのだが、1930年代になりナチスが台頭してくると、ヒトラーはワーグナー家に接近してきた。ジークフリートの死後、その妻ヴィニフレッドがバイロイトの後継者となると、彼女はナチスをパトロンとして栄華を極める。
 本書はその経緯を、ワーグナー家とナチスの関係を中心に、リヒャルト・シュトラウス、フルトヴェングラー、トスカニーニ、ワルター、ヒンデミットといったその周辺の音楽家たちの動きも含めてたどったもの。当時の状況や歴史の流れがわかり安く書かれている。
 ヴィニフレッドが戦後もヒトラーのことを懐かしく語る様子から、自分の小さな世界が満たされるなら大きな世界のことには関心がない小市民的な人物像が浮かび上がってくる。そういう人物が大きな影響のある立場につくことのなんと恐ろしいこと。
 ポイントをうまくおさえて当時のドイツ音楽の状況や戦後に与えた影響などがよくわかるように書かれている反面、ナチスが音楽界全体に与えた影響などの追及はあまりされていない。あくまでワーグナー家に絞っているということなのだろうが、やや物足りなさを感じたのも事実。ナチスが「頽廃音楽」として演奏禁止にしたものとの対比でワーグナーの音楽を描くけば、よりいっそうナチズムというものの本質に迫れたのではないかと思う。

(1999年1月20日読了)


目次に戻る

ホームページに戻る