戦後すぐ林家正蔵に弟子入りした春風亭柳朝。古今亭志ん朝、立川談志、三遊亭円楽とならんで四天王と呼ばれた絶頂期、小朝という弟子を得て弟子に負けるかと再びやる気を出し始めたときに病に倒れ、口が回らなくなってしまい、復活ならず早世した、そんな噺家の生涯を軽妙なタッチで描く。
タイトルにもあるように、柳朝は江戸っ子である。「江戸っ子」であり続けた柳朝の人物像が生き生きと描き出されているだけではない。戦後の東京落語界の歴史が一人の男の生きた軌跡とともに手にとるようにわかる。
東京の演芸界は関西のそれとは仕組みも違い、また芸人のありようも違うので、私の知らないことがたくさん出てきたのだが、そんな者にでもよくわかるように書かれている。江戸っ子気質というのもよく知らなかったのだが、粋で頑固で少し見栄坊で情に厚いところがもうすぐそばに江戸っ子がいるようにわかる。そんな気質で損をしててもどこ吹く風と見せておいて、内心は寂しがり屋という、そういう人物像が見えてくる。それが、さりげなく、楽しく描かれているのだ。表面的になぞったルポも見られる中で、本書はその裏にあるものもちゃんとおさえている。新田次郎賞受賞作だそうだが、それだけの中身がある。
そう、本書自体が粋で頑固で情に厚い江戸前の小説といえるのではないだろうか。
(1999年3月31日読了)