読書感想文


新編 八犬伝綺想
小谷野敦著
ちくま学芸文庫
2000年2月9日第1刷
定価1100円

 「南総里見八犬伝」はよくいわれているような単純な勧善懲悪の道徳的物語なだけなのか。著者は、犬塚信乃と犬江親兵衛を対比することによって八犬士たちに近代的合理主義の萌芽を見出し、彼らを律する伏姫の母権的支配と、それに対抗するゝ大法師の父権的姿勢の相克を指摘する。その上で「八犬伝」の真の主人公は伏姫とゝ大法師(金碗大輔)であるとして、そこから全体の構造を明らかにしようと試みる。
 「ハムレット」「ハックルベリー・フィンの冒険」「白鯨」「死の棘」などの文学作品との対比を試み、共通点を探り出すことによって、「八犬伝」が近代的な人間像を描き出していることを示す。また、滝沢馬琴が金碗家と里見家の関係を朝廷と幕府の関係の暗喩として描いたことを論証し、「八犬伝」に隠された幕府滅亡への警鐘をえぐり出す。
 必ずしも読みやすい文章ではないが、その論考は独創的かつ刺激的なものだ。
 「母権」と「父権」の定義などには賛同しかねるけれども、こういう解釈も成り立つかと唸らされた。本書を読んで「八犬伝」に対する見方が幾分変わってきたように思う。岩波文庫版全十巻を読み返したいと思わせた一冊。

(2000年3月21日読了)


目次に戻る

ホームページに戻る