河内の八尾に生まれた朝吉は幼い頃からの悪童で、隣村の人妻と駆け落ちしたり友だちと連れだって伊勢詣りをしたその帰りに松島遊郭で極道者にからまれたのを逆にやり返したりと、女と喧嘩の毎日。松島でその腕を見込まれた朝吉は極道の世界に入り、モートルの貞吉を乾分として一本立ちしていく。女郎お琴の足抜けを手伝った朝吉だったが、お琴はつかまって因島の遊郭に売り飛ばされる。お琴を助けるために因島に行った朝吉は、土地の実力者、大和楼の親方に追いつめられながらも、その侠気をかわれて因島の女親分イトに助けられる。朝吉は大阪に戻り、八尾組の親分としてミナミを中心にその勢力を広げていく。
ここで作者が描きたかったのは、筋を通して生きる、不器用ながら真っ直ぐな人間像であったに違いない。朝吉は単純な暴れん坊ではなく、極道の暗部を叩きつぶす存在として描かれてさえいる。朝吉自身にも暗部はあるのだが、その侠気の前に隠れてしまう。作者は朝吉の暗部を努めて描くのを避けている、そんな印象を受けた。
だから、彼は終戦直後から始まる無秩序な大阪の町には現れない。物語は、彼が徴兵検査を受けるところで終わっているのだ。闇市などの世界では、彼のような極道は暗部をさらけ出して生きていかざるをえない。作者がその時代が来る前に物語を終わらせたのには必然性があるのだと感じた。
極道の切った張ったを描いた痛快小説なのだと思いこんで読み始めたが、実はロマン主義の香りあふれる文芸作品なのであった。
(2000年8月17日読了)