読書感想文


−浪華遊侠伝−
司馬遼太郎著
講談社文庫
1972年6月15日第1刷
1999年12月15日第69刷
定価933円

 大坂の北野村で公儀隠密の子として生まれた万吉は父親の失踪とともに奉公先の商家をやめ、どんな手を使ってでも金を集め、貧乏から脱出するのだと決意する。彼は子ども賭博の邪魔をしてどんなにどつかれても金を放さない「どつかれ屋」を振り出しに、賭場荒し、米相場の妨害などで「明石屋万吉」親方として名を売る。どんな拷問にも耐える体力と精神力を見込まれ、万吉は播州小野の一柳家からの依頼で大坂の治安を倒幕勢力から守る大役をすることになる。士分に取り立てられ、小林佐兵衛を名乗り、新選組との対立や長州侍との奇縁などを経て、鳥羽伏見の戦いに巻き込まれていく。幕府が倒され新政府ができると、万吉は相場師となり富を築くが、知事の依頼で授産場に私財を投じることになる。頼まれると嫌と言えないがために大阪一の大親分となった小林佐兵衛の数奇な運命を描いた物語である。
 万吉という人物の現実的でありながら情にもろい性格が、侠客の存在できる土壌のなかった大坂で、いかにも大坂者らしい侠客になっていく、そのあたりが作者独特の合理的歴史記述とあいまって実に興味深く描かれている。世のため人のためなどと一切考えていないはずの万吉が、気がついたら大坂の町を救っている、そこらあたりのおかしみ。錦の御旗も笑い飛ばしてしまう大坂の町衆の心意気が、万吉という不思議な人物を通じて伝わってくる。
 本書は、既に司馬遼太郎の文体、構成が定まってからの作品であるが、そこに初期作品に多い大坂ものの味わいを融合させたことによって、他の司馬作品にはない独特の味が出ている。一見、作者の作品群の中では異質に見える長編だが、実は初期作品とその後の作品の要素を集大成させたものになっているのだ。そういう意味では作者の代表作と考えてもいいと思うのだが、どうだろうか。

(2000年8月14日読了)


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