表題作「螢川」では、北陸の小さな町を舞台に、年老いた父親が亡くなった少年、竜夫が親友の死、自分の進路の決定、幼なじみへの少女への思慕などを通じて、様々なことを感じ取り、大人への道を一歩ずつ進んでゆく。同時収録の「泥の河」は、終戦直後の大阪で、どぶ川の近くに住むうどん屋の息子と水上生活者の姉弟との交流を描き、大人の世界をかいま見る主人公の戸惑いなどを描く。
「泥の河」の、大人の世界をわけの分からぬままにかいま見る少年の心の妖しいゆらめきがきめ細かな描写で浮き彫りにされていく様子に心ひかれた。売春を仕事とする水上生活者を母にもつ友だちと、平凡な世界に育つ主人公のわずかな食い違いから起こる決定的な差。その埋めがたい溝が後をひく。
「螢川」ではラストシーンでの螢の乱舞に象徴される、全てのものからの「卒業」が印象的だ。
いずれもポイントは「貧しさ」で、戦後の混乱期や高度経済成長期から取り残されたような土地を舞台にしているのも、その「貧しさ」にリアリティをもたせることに成功している。作者は、いくら貧しくとも心の底まで貧しくならない人々の姿を、現実の厳しさを突きつけながら、それでもあたたかい視線で描く。そこに深い感動を呼び起こす源があるといえるだろう。
(2000年8月18日読了)