読書感想文


てんのじ村
難波利三著
実業之日本社
1984年4月30日第1刷
定価1200円

 直木賞受賞作。
 大阪に奉公に出ながら安来節の一座に入った花田シゲルは、「よごれ」「かぼちゃ」といった持ち芸のある漫才師となり、芸人たちの住む長屋、通称「てんのじ村」に住む。売れっ子となった芸人仲間が次々とてんのじ村を脱出していくが、シゲルは長年連れ添った相方の妻を不慮の事故で失い、ついには芸人をやめて妻の弟夫婦の世話になる。しかし、若い頃に面倒を見た芸人美也子を新たに相方に迎え、場末の小屋で再出発をする。東京のプロデューサーの依頼で初めてテレビ出演をし、一世一代の芸を見せたシゲルのもとに、若い弟子が入門し、自分の芸を全て伝えていこうとしたシゲルだったが……。
 一度芸の世界に足を踏み入れた者の業というべきものやその哀感を、作者は芸人の立場から豊かな感情で書き上げている。同じ芸人を描いた場合、藤本義一はその業をどろどろとしたものに描くことが多いが、作者はあくまで読者の共感を呼び起こすように描く。
 芸にとりつかれた者たちの生き方を、戦前戦後の演芸史を背景にとらえた本書は、上方演芸の情というものを読み手に伝えてくれる。
 その情に流されないシビアな視点もある。だからこそ芸人の姿が生き生きとしているのである。

(2000年8月22日読了)


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