昭和初期に横山エンタツとのコンビで「漫才」を生みだし、戦後はラジオコメディ「お父さんはお人好し」で浪花千栄子と組んで一世を風靡した花菱アチャコの半生を小説化したもの。寺の子に生まれ、仏壇屋の養子となり、やがて芸人の一座に入り……。漫才師として、また喜劇人として成功した彼にも、その裏にはどろどろとした鬱屈があった。生涯を通じてアチャコが追い求めた「笑い」とはなんだったのか。
本書によると花菱アチャコは芸人になるべくしてなった、そして何があっても芸人であり続ける宿命のもとに生まれた人物であるということになる。
本書は作者の芸人に対する熱い思い入れが、アチャコという偉大な存在を題材に表現されたものだといえるだろう。作者のその思い入れに異論のある人もいるかもしれないが、芸人という存在の本質をついたものといっていいだろう。むろん小説であるから、潤色もしてあるだろうし戦後から晩年についてはさらりと書き流している。つまり芸人としての天分のある若者がついに頂点を極めながらも一番大切な「漫才」から離れていかざるを得なかったその過程に、作者のテーマがこめられているのだ。だからこそ、冒頭と末尾に「どつき漫才」のブームに対して怒るアチャコの姿が描かれているのである。自分たちが作り出した「漫才」の形を変えていく若手芸人に対して嘆きながらも漫才師でなくなった自分にはどうすることもできない、その焦慮といったものが象徴的に描かれているのだ。
花菱アチャコの名も忘れられつつある当今、本書がどこかで復刊されることを期待したい。
(2000年8月23日読了)