読書感想文


冥王と獣のダンス
上遠野浩平著
メディアワークス電撃文庫
2000年8月25日第1刷
定価570円

 宇宙に進出しようとしていた人類が謎の超存在〈虚空牙〉に阻まれ、資源を使い尽くし、文明は逆行し、過去の遺産で細々と生き延びている世界が舞台。過去の機械文明に頼った〈枢機軍〉と、突如生まれた超能力者の力に頼る〈奇蹟軍〉がいつ終わるともしれない戦闘をしている。枢機軍の兵士トモルはどんな戦闘でも危険を察知し生き延びてきた青年で、彼を追って奇蹟軍の超能力者リスキィ兄妹が裏切り、その配下につく。独立遊撃小隊の指揮官に着任したトモルは、実は戦いの中で恋をした相手、夢幻を探し求めて戦場に出る。トモルの予知能力と指導能力を高く評価するリスキィ兄妹は、彼を中心にした新しい勢力を作り上げようと考えている。夢幻と敵同士として再会したトモルは、彼の思いを告げられるのか。戦闘の中で目覚めた対〈虚空牙〉用兵器の暴走を彼らは阻止できるのか……。
 孤独な少年と少女が出会い、初めて人間らしい感情を持つという静のドラマと、超能力者が特権を与えられながらも実質は兵器として使われているだけであることに対して自立しようともがくこれまた静のドラマに、人間の愚行により発動する破壊兵器との戦いという動のドラマを組み合わせている。
 テーマ自体はこれまで作者が「ブギーポップ」シリーズで展開していたものと大きな違いはないが、これまでは平凡な社会の中にひそむ閉塞感というモチーフで表現していたものを、本書では戦場という非日常的な社会に現れる虚無感で表現しようとしている。その試みは悪くない。
 ただ、課題は世界設定。SFとして読むと矛盾点があり、しかも最初にその設定を全部説明したあとで物語を始めている。ここは思い切って完全な異世界ファンタジーと読めるような書き出しで、ストーリーが展開する中で世界の全貌が明らかになり、そしてこれが未来の地球の話だったと最後に明らかになるようにもっていくべきではなかったか。A boy meets a girl.がストーリーの芯であるけれど、全体の構成を重層的にしていけばもっと優れた作品になったはずだ。
 読ませる力を持った作品だけに、よりレベルの高い小説に仕上げて欲しかった。その点が残念なところである。

(2000年9月8日読了)


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