船場の商家に長男として生まれた喜久治は、商いに精を出すかたわら女道楽も盛んで、芸者のぽん太、芸者の幾代、カフェーの女給比沙子、仲居のお福、芸者の小りんら5人の女性を妾にかこう。その影には、女系家族に久々の長男として生まれ、船場の厳格な家族制度や風習を彼に課してくる祖母のきのと母の勢以に対する反抗心があった。嫁として迎えた弘子は長男を産んだあと、祖母たちにいびり出されるように離縁され、一粒種の久次郎は自分の手からもぎ取るように祖母たちによって育てられ……。しかし、そのような生活も戦時下においては制限されるようになり、そして大阪大空襲の日を迎える。妾たちを一ヶ所に疎開させた喜久治。終戦となり、疎開先を訪れた彼が見たものは……。
戦前までの船場社会の因習にとらわれた見にくい面を、これでもかこれでもかと執拗に描く。喜久治は昭和モダニズムの時代でも伝統的な商家のぼんちとして生きている。そこへ最先端の生活をしている友人やカフェーの女給を登場させてその対比を描くなど、いろいろな方向から商家の文化をとらえている。モダニズムを象徴する比沙子が喜久治の妾となったあと船場社会にからめ取られていく様子など、伝統というものの恐ろしさを感じさせる。
敗戦により船場の秩序が崩壊していくことで、喜久治が「ぼんち」としての生き方にケリをつけることに決めながらも過去に対する反省がない様子を肯定しているあたり、作者が最終的には船場社会に対して郷愁を抱いているのではないかと感じさせた。
「船場」での若旦那の半生を通じて伝統というものの重さをしらせてくれる大作である。
(2000年8月18日読了)