権謀渦巻く大和朝廷では、天武天皇が常軌を逸した行動をとるようになっていた。天武天皇を支える藤原不比等は、天皇と皇后(後の持統天皇)に大きな影響を持つ役小角を排除しようと考え、その弱みを探ろうとする。不思議な力を操る役小角の唯一の弱みとは、盲目の姫、迦具夜の存在であった。百済、新羅の渡来人たちの思惑などもからみ、藤原不比等は一気に役小角を始末してしまおうと目論むが、彼もまた迦具夜姫に恋をしてしまうのであった。不比等と役小角の戦いの結末は……。
役小角伝説、竹取物語説話、そして大津皇子の乱などの史実を組み合わせ、古代史の真相を探る歴史小説と呪術や魔法の飛び交う伝奇小説の両面を持ち合わせた作品に仕上げている。
大和朝廷の実態は渡来人たちの亡命政権だったとする説を大胆に採り入れるなどの工夫もあり、なかなか読み応えのあるものになっている。
惜しむらくは、役小角の力の源泉について解明されていないことで、これでは時代伝奇小説としてはいささか不十分ではないかとの印象を受けた。なぜ役小角が普通の人間にはできないことを行えるのか、その理由のヒントなりとも描かれていたら、伝奇小説として申し分のないものになっていたに違いない。そこが残念。
他に、在位中の天皇に追号で呼びかけたりするなど引っ掛かるところはあるけれども、これまで比較的軽めの伝奇アクションを書いてきた作者が本格的な歴史小説に挑んだということに大きな意義があると思う。作者には今後も古代を舞台にした伝奇小説を書き続けてもらいたいものである。
(2000年9月27日読了)