人魚の血を引く高校生、橋本千波は水に濡れると変身して人魚になってしまう。そのため人前では水泳も水遊びもできない。そんな彼女は物静かな同級生、加納泰明に密かに想いを寄せている。ところが、突如3人の若者が彼女の家を訪れ、求婚したからびっくり。彼らは数少なくなった人魚族で、彼らの島には同じ年頃の女性がいないため、子孫を絶やさないよう、千波との間に子供を作る必要があるという。翠、蒼、斉彬の3人は、千波が加納に近づくのを妨げようとする。どうやら加納と翠とは面識があり、何か秘密を隠しているようだ。それを知ろうとする千波。加納の隠された秘密とは。そして、千波のハートを射止めるのは誰?
人魚の一族がその血統を絶やさないために、女性の人魚だけが体内に持つ「切片」が必要なのであるが、その仕組みがあいまいなままにストーリーが進むため、「切片」の持つ重要性が伝わってこないうらみがある。いや、それどころか本書はストーリー性の薄さにこそ課題があるように感じた。一族の唯一の若い女性をめぐる男たちの戦いに、少女が恋する一般人の男性の秘密をの謎解きをからめているのだが、それだけでは弱いのではないか。もっと彼らが人間社会とは異質な存在であることを際立たせるような重大な事件がからんでくれば、「切片」の持つ重みもまた違ったものになっただろう。
主人公たちが「人魚」である必然性も薄く、本書だけでは彼らが人狼でも虎族でもストーリーはほとんど変わらないものになるだろう。なぜ「人魚」なのか、なぜ「切片」が大事なのかをもっと書き込めば、かなり完成度の高いものになっていただろうと思うと、もったいないと感じる。
もっとも、読者層を考えれば「人魚」という響きのもつロマンティックな雰囲気があればよいのだろうから、ここで私がもったいながることもないのかもしれないが。
(2000年10月15日読了)