70年間、人工冬眠で眠っていた環境工学技術者マカロフは、自分が開発した環境保護のための技術が成功したかを見届けるために眠りから覚めた。そして、彼が目覚めたもう一つの理由がある。技術開発を続けるために優秀な人材を大量に必要とした研究機関は、マカロフの提供した細胞から彼のクローンを1000人も「生産」したのだ。彼らマカロフたちは様々な才能を発揮し、多様な職種についていた。マカロフは自分がクローンの「父」であることを伏せていたが、泥棒のマカロフに鞄を盗まれ、その鞄に入っていた亡き妻の思い出の品を見つけられる。クローンたちに正体を知られたマカロフがとるべき道は。数多くのマカロフたちに出会い、彼の心に去来したものは……。
「あり得たかもしれない自分の可能性」を自分のクローンたちに求めるという卓抜な着想に感心した。パラレルワールドでそれを処理するというこれまでによく見られた手法ではない。この手法をとることにより、クローン人間の、いや人間そのもののアイデンティティとはなにかという大きな問いかけもしている。着想だけではなく、展開もまたよく考えられているのだ。
梶尾真治ばりの甘酸っぱい読後感だが、人間に対する突き放した視線が作品に厳しさを与えているともいえる。何か切なさすら感じさせる佳品である。
(2000年11月3日読了)