民俗学を学ぶ大学生、宮地紀之は、北アルプス山中の鎌木村で鎌を幹に打ち込まれた神木を発見する。その鎌の一つを抜いたことから、彼は長く行われていなかった「表の儀式」に参加させられることになる。神木に鹿を捧げるその行事は、無関係な人物の介入を拒むものだったが、宮地の師である大学教授、和田森は宮地の知らぬところでその情報をキャッチし、研究材料として「表の儀式」を見学する。「表の儀式」が失敗した時に行われる「裏の儀式」を司る高藤家の長男、正哉は、自分に神の血が流れていると信じ込んだ妹、梓を追って鎌木村にやってくる。梓も正哉も「表の儀式」に立ち会ってはならない人物であったが、彼らが加わったことにより、「表の儀式」は失敗し、梓は生け贄として神木に捧げられてしまう。宮地と正哉は、これらの儀式の謎を解き、「裏の儀式」を成就させてこれ以上生け贄が増えないように動き始めるが……。
土俗的な信仰をテーマに、神の定めた設計図にあらがう若者たちを描いた伝奇推理小説である。その信仰や儀式など、フィクションとは思えない迫力とリアリティがある。それはつまり、ここで描かれている儀式自体はフィクションだろうが、その裏付けとなる鹿にまつわる信仰は作者ならではの博識に支えられた本物だからであろう。
儀式にからむ大学教授や建設会社の欲望などにもリアリティを感じる。実際、研究者が功を焦る実体や大企業の経営者が迷信に頼ったりすることなどがノンフィクションなどで明らかになったりしている。そういうことを知っていると、より深くこの物語を楽しむことができるだろう。そういう深みが本書にはある。
幻覚と実際が混沌となったりする描写にやや読み辛さは感じたものの、本書がここ数年でも伝奇推理の傑作であることは間違いない。ペダンティックに陥りがちなぎりぎりの線で踏みとどまり、良質のエンターテインメントとして成立している。
伝奇小説ファン必読の傑作、とおすすめする次第である。
(2000年12月3日読了)