人間が移住し始めたが、テラ・フォーミングがうまくいかず、苛酷な条件で人々が生きる星、火星。”太陽族”と呼ばれる集団に属する少年カズマは、遭難した飛行船の連絡パイロットとして水素補給のための救援のフライトをしていた。しかし、敵対するセーガニア帝国の戦闘機に襲われ、墜落する。二酸化炭素の充満する地表であわや窒息死寸前のところを、〈魔女〉に救われる。彼女は体から酸素を出し、彼の命を助けたのだ。一方、火星開発事業団は、火星の地面から見つけだした生物〈ヴィシュニア〉を使い、容易に人間が生きていけるだけの酸素を供給できるまでになっていた。しかし、〈ヴィシュニア〉が過去の火星にもたらしたものを、人間はまだ知らない。〈ヴィシュニア〉に隠された秘密とは。そして〈魔女〉と〈ヴィシュニア〉の関係とは……。
火星を舞台に、進化の面白さや人間の自然に対する姿勢などを巧みに描いた佳作。特に物語の核となる〈ヴィシュニア〉のアイデアがいい。ここでは、生物が生きていくということがどういうものであるかを作者は問いかけている。これはSFでなければ描けないテーマであろう。ただ、物語の構成が少年を軸としたストーリーと火星に残された手記ゃ公式文書と二分化されていて、もちろん最後にはつながるのだが、いくぶんしっくりこないものを感じてしまった。手記の出し方にもうひと工夫ほしいところだ。
とはいえ、本書はそのような欠点はありながらも、読者を引き込むだけの力を持っているし、作者が得意としている胸にじわりとくる暖かみをたたえている。そして、作者の描き続けている宇宙史の一部でもある。
作中、いろいろとSFファン向けのお遊びがこれでもかこれでもかと登場する。最初はにやりとしたけれど、途中からちょっとしつこさも感じてしまった。こういった遊びは好きなんだけれど、程度の問題かもしれない。
(2001年1月2日読了)