長野の農家に生まれた著者は、幼くして子守り奉公にやられる。しかし、家の子どもたちからは虐められ、母の顔も知らず、伯父に引き取られて今度は芸者の置屋に売られる。彼女はそこで処世術を学び、機転のきいた売れっ子芸者となる。ヤクザの親分の三号として落籍された彼女は、太平洋戦争の開戦と同時に近くの工場に勤労奉仕に行く。そこで初めて恋を知り、人の愛情に触れた彼女だったが、旦那にその仲を引き裂かれ、ついには入水自殺を試みる。自殺に失敗し、旦那からも見捨てられた彼女は、実家の弟を探し出し、彼の成長に自分の全てを賭けるようになる。しかし、戦後のもののない時代に食べていくのは苦しく、弟の入院費を稼ぐために売春さえする。そして、それを知った弟の自殺……。生きがいを見失った彼女だったが、自分の生涯を顧みて、いたずらに子を産み無責任な育て方をする母親がいることに対する怒りなどから、自分の生きる道を探し始める。
本書は、1956年に夫人雑誌に応募した手記がきっかけとなり、1958年に書き下ろされたもので、『人間の記録双書』シリーズの1冊として発行されたものの復刊。
人がものとして売り買いをされた時代、売られた側の意識をここまで生々しく描き出したものはそうはあるまい。著者はまともに教育を受けていなかったので、文字を書く手もおぼつかないままに書いたものだと解説にあるが、その文章に込められた思いの強さには圧倒させれる。
自分は猿の子どもだと信じて疑わなかった少女時代、芸者仲間の自殺、純愛を知って自分の人権に目覚めるくだりなど、読んでいて著者の心の変化などが本人になったかのようにわかる。真実の重みというものだろう。
また、当時の芸者のシステムや生活などが具体的に記されているので、戦前の花柳界のことを知る重要な資料ともなっている。
成功者の伝記よりも、このように「生きる」ことへの執念がにじみ出てくる文章を読むと、自分自身が生きていく意味というものを考えさせられる。優れたドキュメンタリーである。
(2001年1月9日読了)