幼い頃に航空機事故で家族を失った高校生、川田康生はその時に弟を助けてやれなかったことがトラウマとなっている。春休み、親友の萩原千尋と二人だけ寮に残っていた彼は、新入生、土屋雅美の入寮を迎える。しかし、雅美がやってきてから次々と怪事件が起こる。康生は雅美に死んだ弟の面影を見る。やがて、康生と千尋は寮の近くにある森に吸い寄せられるように入り込んでしまい……。鍵を握る人物は保健室の校医、片桐しのぶ。彼女は二人が陥った罠から救おうと動き出した。雅美の秘密とは、そして康生たちの運命は……。
ベテラン翻訳家が初めて小説に挑戦した。翻訳調の硬い文体に春休みの寮という閉ざされた空間を舞台とした設定がうまく噛み合い、独特の雰囲気を出している。秘密を握る魔性の正体や怪異に対する決着のつけ方にもひねりが加えられていて独自の味を出している。
残念なのは、設定や展開の上でなぜそうなるのかという理屈をあいまいにしているところだろう。むろん本書はSFではないから、そのような理屈づけ自体不要なのかもしれない。しかしそのあたりをしっかりしておかないと、一歩間違うとご都合主義ととられかねない。さすがにギリギリの線で踏みとどまってはいるが、そういった危うさをはらんでいるところに本書の弱さを感じてしまった。
作者が翻訳家としてつちかってきたものを十分に出し切っていけば、今後の作品がより面白くなっていくだろうと思わせる可能性を秘めた作品。次作ではぜひ吸血鬼テーマに挑戦してほしいと思う。
(2001年2月19日読了)