読書感想文


陰陽魔界伝
藤巻一保著
トクマノベルズ
2001年2月28日第1刷
定価838円

 奈良時代の朝廷を舞台にした伝奇小説で、作者のデビュー作。
 長屋王の密命を受けた下道真備(のちの吉備真備)は、朝廷の権力を安定させるために必要な経典を入手するために遣唐使の一員として長安へおもむく。ともに入唐したのは、阿倍仲麿と玄坊。科挙に合格した仲麿の協力もあり、真備は苦労の末に文殊菩薩の秘法を入手する。しかし、奈良の都では藤原氏の陰謀で長屋王は冤罪に問われ刑死、怨霊となって都に祟りをなさんとしていた。帰国した真備と玄坊は長屋王の祟りを防ごうとする。しかし、自分の出世欲に捕らわれた玄坊と真備の関係は、次第に齟齬をきたすようになり……。
 壮大な構想のもとに開始された大長篇の1巻目ということになる。作中で安倍晴明について再々触れているので、おそらく平安朝にまで物語は進むのだろう。ということは、本書は単なるプロローグでしかないのだ。
 宗教研究家であるという作者にとっては、日本に本格的な陰陽道が伝わった頃から書き起こさなければ気がすまなかったのだろう。実際、その細部の書き込みと主人公たちの造形には目を見張るものがある。物語としても起伏があり面白い。
 が、本書だけでは評価するわけにはいないのだ。この書き込みのペースから類推すれば少なくとも5冊以上は続かなければ完結しないだろう。ところが、タイトルには「第一巻」とは書かれていない。売れ行きを見てから続刊を出すという出版社の腹づもりだろう。
 ならば、本書1冊だけで一応は完結させるか、はっきりと大河長篇の1冊目だと提示してほしかった。作者にも、そして読者にもこんな失礼なことはないように思う。編集者も辛かろうが、読者も消化不良になってしまうのだ。

※正しくは「日」と「方」を組み合わせて「ボウ」と読む漢字だが辞書にないので「坊」で代用しました。

(2001年3月3日読了)


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