新宿末広亭の席亭として戦後の演芸界を支え、90才半ばまで現役で活躍した北村銀太郎翁に東京の風景を愛する著者が数年に渡ってその貴重な体験談を聞き、まとめたもの。20年ぶりの復刊。
戦後の東京落語界の混乱や名人たちの逸話、三遊亭圓生の落語協会脱会事件の真相など、銀太郎席主の端切れのよい口調をそのまま写し取った貴重な証言である。特に、若い頃からの道楽で鍛えた人間観察眼の鋭さや、落語家という人種に対する愛情がストレートに伝わってくる。
大阪にはこういった形での「寄席」は現在ないので、私にはよけいに興味深く読めた(末広亭には一度だけ行ったことがあるが)。東京の落語界が寄席と器量の大きな席主によって支えられているという、そんな語り手の自負が伝わってくるし、実際そうなのだろう。
席主の弁によると、落語家の器の大きさでは五代目柳亭左楽、芸の深さでは六代目三遊亭圓生、人間性も含めた完璧な落語家は八代目桂文楽、現役でもっとも優れているのは古今亭志ん朝となる。ここらあたりから席主の理想とする落語家像が見えてくるようだ。
証言としての面白さに加え、席主の粋な人柄が随所ににじみ出てくる。聞書きというのはこうあってほしいと思う。これだけのものをまとめあげた著者の力もすごいものだ。そう、本書はこれ一冊全てが「芸」の塊なのである。
(2001年3月16日読了)