年老いた安倍晴明が見た夢は、自分が若く美しい公達となり「光の君」と呼ばれている世界だった。目覚めた晴明はなんと若返っていた。夢を見るたびに若返る晴明。しかし、そのたびに彼の持つ霊力は失われ式神を飛ばすこともできなくなってしまう。一方、今日の都では病が流行り、弥勒法師と呼ばれる僧侶が町衆の信仰を集めていた。その頃、宮中では紫式部の書く「源氏物語」が評判を呼び、藤原道長は娘の中宮彰子の女房として迎え入れようと考えている。時の帝、一条天皇のもとに亡くなった皇后定子にそっくりの女性が現れその虜となる。晴明が見た夢は「源氏物語」の世界。そして、宮中に現実と物語の世界が入り交じる異常事態が発生する。弥勒法師の狙いはどこにあるのか。霊力を失った晴明は都を魔の手から守ることができるのか。その時、紫式部が担う役割とは……。
安倍晴明と紫式部がわずかなずれはありながらも同時代の人物であることに着目し、「源氏物語」をモチーフに陰陽師を活躍させた異色作。「源氏物語」に隠されたメッセージを読み解く楽しみと、伝奇アクションの面白さをうまく融合させている。いささか手垢にまみれてきた安倍晴明ものに新たな工夫を加えたそのアイデアの面白さを買いたい。特に現実と物語の境界があいまいになっていく様子などがよく描けていて幻想味あふれるものに仕上がっている。
キャラクターの性格づけがいくぶん弱いように感じたが、こういった作品ではもっと登場人物を印象的に描いてほしいところ。また、平安時代の宮中の様子などがきめ細かく描かれ時代背景を十分に生かした作品なだけに、地の文で外来語がまじるとそこでひっかかってしまったりもする。
伝奇アクションに同時代の古典文学をからませるという作者の新しい路線が本書でいっそう固まってきたと思う。まだまだクリアしてほしいハードルはあるにしろ、この路線が定着していけば、作者は時代伝奇小説の書き手として独自のポジションを占めるように思われる。次回作にも注目していきたい。
(2001年3月26日読了)