読書感想文


禍記(マガツフミ)
田中啓文著
徳間書店
2001年4月30日第1刷
定価1600円

 作者の第2短編集。伝奇ホラー短編5編に書き下ろしのエピソードをブリッジとしてはさんでいる。
 子どもをモチーフにした「取りかえっ子」「天使蝶」「妄執の獣」、恋人の想いをモチーフにした「怖い目」「黄泉津鳥舟(よもつとりふね)」、そしてブリッジとなるのはそれらの短編の端々で触れられている古文書について説き明かした「禍記(マガツフミ)」。いずれも生理的嫌悪感を引き出す、いわば人間の持つ根源的な不安を描き出している。
 それは「取りかえっ子」や「妄執の獣」に見られる親子の絆への不安、「怖い目」に見られる自分の見ているものの確からさへの不安、「天使蝶」に見られる自分の信じているものへの不安……。ただし、「黄泉津鳥舟」だけは色合いが違い、宇宙SFに古代史のアイデアをとりいれた異色作でホラーとはいえないが。
 本書には、作者独特のグロテスクな描写が多く含まれているが、それだけにはもちろんとどまらず、読み手の心理的安定を揺さぶる巧みなストーリー構成が光る。それはこれまで作者が「食」をモチーフにしていたのを敷衍していったものと見ていいだろう。
 若干設定に無理を感じさせるものもないではない。ただそれは読んでいる間には気にならない。それ以上に読み手を不安に陥れる展開に心を奪われてしまうからだろう。もっともこの構成で「禍記」をブリッジとして挟み込む必然性を私はあまり感じなかったのだが……。
 作者の持ち味を十分に生かした好短編集である。

(2001年4月16日読了)


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