ミズノスポーツライター賞受賞作の文庫化。
NHKで戦前から戦後にかけて活躍した名スポーツアナウンサー、志村正順の足跡をたどったノンフィクション。出陣学徒壮行会の実況を本番直前になって代役として受け持つことになり、見事なまでの名アナウンスを成し遂げたこと。ヘルシンキ五輪で先輩の和田信賢アナウンサーが病気で倒れた時のカバー。そして相撲中継では栃若時代に神風正一、玉の海梅吉といった、野球中継では西鉄巨人黄金時代に小西得郎といった名解説者を見い出し名コンビとうたわれたこと。著者は志村正順が実況した事柄をたどることにより、昭和という時代の特質を描き出すことに成功している。また、ラジオ時代からテレビ時代に移行したことによって時代が変質していく様子も浮き彫りにされていく。
志村はテレビ時代になってから、その職人芸ともいえる正確で速い喋りを封印された形になり、引退後は放送界との関係を一切断ってしまう。その生き方の潔さも時代とともに生き、時代を実況し続けた志村らしいものだと感じさせられる。
歴史というものは、その主体だけが形作るものではない。それを活写した人がいて、その人物をまたこうやって描くライターがいる。そうやって形成されていくものなのだ。その面白さを感じさせてくれる好著である。
(2001年4月27日読了)