三遊亭円朝を主人公に、彼が後年自作自演した怪談「牡丹燈籠」の成立秘話をミステリ仕立てで描いた作品。
幕末、若き真打ち円朝は父親である橘屋円太郎から父のすむ長屋の家主である萩原新三郎のもとに女の幽霊が通うという話を聞く。円朝は出家している兄の玄昌のもとに新三郎を預けて幽霊を祓ってもらおうとする。お露という幽霊にとり憑かれた新三郎は読経三昧の日々を送る。そんな中、円太郎が江戸城の金蔵破りの下手人として番屋に連れていかれた。父の嫌疑をはらそうと悩む円朝の前に現れたのは金貸しで按摩の宗悦。まるで強請られるかのように宗悦から金を借りてしまった円朝であったが、その宗悦の正体を見破った男がいた。複雑な人間模様が綾なすこの怪談の結末は……。
怪談「牡丹燈籠」の筋立てを実にうまく利用し、幽霊などの奇怪な要素もうまく織り込んで、よくまとまった時代ミステリに仕立て上げている。登場人物全てが必ずこの事件にからむようになっていて、もつれた糸をほどくように全貌が明らかになっていくところなど手際の良さを感じた。
その分伝奇的な面白さは薄く、幽霊も物語の味つけ程度のものになっている。文庫のレーベルからいうともっとおどろおどろしたものを期待してしまうから、その点を不満に感じる読者もいるかもしれない。しかし、本書はそういったもの抜きで読むべきだろうと思う。また、当時の落語家の様子や円朝本人をめくる実際の人間関係などもよく調べられていて、そこらあたりの雰囲気もよい。
「牡丹燈籠」を知らなくても十分楽しめるが、やはり知っていた方が物語を一段と楽しめることは間違いない。本書を読もうとする方には三遊亭円朝「怪談牡丹燈籠」(岩波文庫)を事前に読むかCDで聞くかしておくことをお勧めしたい。
時代ミステリの書き手として、作者の今後の活躍が期待できる、そんな佳品である。
(2001年8月3日読了)