読書感想文


反在士の指環
川又千秋著
徳間デュアル文庫
2001年8月31日第1刷
定価762円

 1979年に刊行された「反在士の鏡」(ハヤカワ文庫JA)に、未収録であった続編を収録し、さらに書下ろしの完結編を追加した〈完全版〉。
 火星の外れにいる傭兵ポーンの前に突如現れたオレンジ色の髪をなびかせた美貌の少年、ライオン。彼は宇宙を盤面にして果てしない戦いを続ける〈紅后〉と〈白王〉の戦闘のために故郷カースルを破壊され、戦いを起こすものに復讐を誓っていた。鏡面を作りそこから跳躍する空間移動法〈アリス・ドライブ〉を使用しているこの宇宙で、ライオンは自分の手でその虚の世界を操ることのできる〈反在士〉であった。ポーンとライオン、そして鏡面物理学者のリヨン・オイゲルは、世界そのものを統べようとする〈紅后〉や〈白王〉にとっては邪魔な存在なのだ。彼らは逃亡と挑戦を繰り返しながら、世界を支配することわりを明らかにしていく。しかし、〈アリス・ドライブ〉の多用により、その世界にほころびが生じようとしていた……。
 作者の代表作が〈完全版〉という形で再刊された。本書は、〈アリス・ドライブ〉という疑似科学を用いて現実と虚構の境界の危うさがもののみごとに描かれている。実存という哲学的な命題をスペースオペラの形式でエンターテインメントとして描いた作者の力量に感服せざるをえず、それまで評論活動を中心に活躍していた作者が評論を実作に見事に適用してみせた記念碑的な作品でもある。
 ここにはSFでしか描けない世界がある。それは人間が現実にあるものを感知する際に、主観というフィルターを通すことによって生じる揺らぎやほころびであり、それを具象的に描いてみせるという手法である。現実と虚構を相対化して、人間という存在の根幹を探る試みである。以前、旧刊で読んだわけだが、作者がどのような形でこの世界に決着をつけたかを確かめ、そしてどこまで作家として円熟しているかを実感できるという意味で今回の再刊には拍手を送りたい。

(2001年9月12日読了)


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