「演歌」といっても、現在カラオケ教室に通う中高年たちの歌う「ド演歌」のことではない。明治末から大正にかけて流行した「演歌師」により街頭で歌われた「演歌」である。また、SPレコードの普及により広がった昭和初期モダニズムの「流行唄」であり、カフエー全盛時に歌われた頽廃的な「流行歌」である。
本書は、添田唖蝉坊、添田さつき、鳥取春陽、中山晋平、西条八十、古賀政男、佐藤惣之助、楠木繁夫、阿部武雄、上原敏……。作曲家、作詞家、歌手など様々な形で日本の流行歌の歴史を形作ってきた人々の足跡をたどるとともに、流行歌の傾向によりどのような世相が形作らてきたかを考察する。「歌は世につれ世は歌につれ」とはよくいうが、資料やレコードの原物さえ満足に残っていない、いわば「流行歌」がまともに研究すべき対象だとは思われていなかった時代の歌の変遷を豊富な資料と貴重な証言によってその言葉を実証してみせたのが本書なのである。特に、添田さつきの証言は大正演歌と昭和歌謡が作られていった現場の実態を知る上でも実に重要なものであると思う。
本書の元版が発行されたのが1980年。以来20年の歳月を経て今回文庫化されたのであるが、このような立派な芸能研究が埋もれたままになっていたとは信じられない。こういった本を再刊して一般読者にも手にとりやすいようにしてくれたことに感謝したい。特に近現代史に興味のある者やその当時の世相の変遷の正確な知識を得たい者には必読書だといえるだろう。
(2001年9月14日読了)