伊賀忍者霧隠才蔵は堺の商人に雇われて情報収集などをしている身の上。ところが、八瀬ノ里で公家菊亭晴季の娘、青子と出会い、彼女を忘れられなくなりその屋敷に忍び込む。しかし、青子は彼が出会った女性とは別人であった。偽の青子を守る甲賀忍者猿飛佐助と出会った才蔵は大坂方に味方するように要請される。臣従という形を嫌う才蔵は徳川方と大坂方をてんびんにかけ、自分の腕を高く評価してくれる方に力を貸そうと考える。才蔵を味方に引き入れようとする偽の青子こと隠岐の方は佐助に命じて本物の青子を真田幸村の隠棲する紀州九度山までさらい才蔵をおびき出す。そこで幸村に出会った才蔵はその人物に惚れ、自分の腕を貸すことにする。かくして才蔵、佐助、三好晴海入道らは徳川家康暗殺のために東へ向かう。
司馬遼初期の時代小説で、伝奇的な要素を含んだものとしては最後の方になる作品だが、合理的な発想ややや理屈の勝った展開はこのあとの幕末もので見せる分析的な作風への萌芽を感じさせる。
とにかくさすがにうまい。どんどんと作品世界に引き込んでいく魅力がある。こういう文章を達意の文章というのだろう。技術者として組織に縛られない生き方をする霧隠才蔵という人物像が押し付けがましくなく伝わってくる。あからさまな表現を使うことなく登場人物たちが才蔵という人間に惹かれてしまう様子がごく自然にわかる。
名人は最初から名人だったのだと実感させる。とにかく一気に読んでしまった。下巻も一気に読んでしまうことだろう。
この文体は、心地よい。
(2001年9月21日読了)