読書感想文


絵本猿飛佐助
林芙美子著
講談社文庫大衆文学館
1996年9月20日第1刷
定価951円

 信州の寒村に生まれた佐助少年は仙人・戸沢白雲斎から独特の武芸を伝授され、若き真田幸村に見い出されてその配下となる。白雲斎より人殺しを禁じられていた佐助は侵略家である上田城主真田昌幸のやり方に疑問を抱く。幸村のもとで北条勢を食い止める功績をあげたあと、さらに修業を積もうと信州より離れて京都に向かうことにした佐助だったが、その道中では戦国の世を嫌う絵師檜山宗以と道連れになり、忍術を使う山賊の娘ぎんと戦うはめになったりする。彼が道中で得たものは……。
 『放浪記』で知られる作者の異色の時代小説。昭和25年に新聞連載されたもので、敗戦の傷から癒えていない作者の厭戦の心情を反映している。戦国時代を舞台にとりながらこれだけ戦を嫌う主人公というのも珍しいが、それが忍者のヒーロー猿飛佐助というのがまたユニークである。残念ながら作者が病気になり中断してから1年後に作者が死去したため未完に終わっているけれど、真田十勇士が全員そろい大坂ノ陣で戦うところまで書かれたとしたらどのような猿飛佐助像が完成していただろうか。
 また本書は忍術を武芸の一つとしてとらえているという点でもこの時期の時代小説としては珍しいかもしれない。ここで描かれる忍者猿飛佐助は戦いに倦んだ悩める青年であり、理想を掲げてそれに突き進もうとする若者である。そういう意味ではこの作品は終戦直後ならではのものといっていいのではないだろうか。

(2001年9月30日読了)


目次に戻る

ホームページに戻る