読書感想文


おもいでエマノン
梶尾真治著
徳間デュアル文庫
2000年9月21日第1刷
定価762円

 生命が発生してから現在までの記憶を全て有している少女、エマノンと彼女に出会った人々の間に生まれる心の動きや事件を切なく描いた連作短編集。
 エマノンは伴侶を見つけて子どもを産むと、その記憶は子どもに受け継がれていく。本当の名前はそれぞれにあるのだが、「no name」を逆から読んで「emanon」と呼ばれている。E.N.とイニシャルの入ったナップザックを持ち、両切りのタバコを吸う。ロングヘアーで顔にはそばかす。瞳の大きな彫の深い顔だちをしている。そして、彼女はちょっとしたすれちがいでも、その出会いを大切に記憶し次のエマノンに受け継いでいく(「おもいでエマノン」)。エマノンの血を輸血した少年は同じように原初からの記憶を持つようになるが、精神科医がその記憶を掘り起こそうと催眠術をかけるとなんと肉体まで先祖返りを起こしてしまった(「さかしまエングラム」)。エマノンの娘はものごころがつくと自立して旅に出る(「ゆきずりアムネジア」)。自分が進化の最先端だと信じている青年神月はエマノンを伴侶にしようとしたがその思いはかなわず志半ばで癌で亡くなってしまう(「とまどいマクトゥーヴ」)。地球の生物を進化させたと自負する異世界の生命体は小さな研究所のコンピュータを占拠して自分たちを宇宙に返すロケットを作らせようとするがエマノンの機転で自滅する(「うらぎりガリオン」)。世界の全ての未来の記憶を蓄えた青年はエマノンと接触してテレパスの青年の力を利用し自分の未来の記憶とエマノンの過去の記憶をそれぞれに写し合おうとする(「たそがれコンタクト」)。エマノンが植物の記憶をずっと受け継いでいる古い友人(?)に出会おうとしたが、そこには原油備蓄基地の建設が予定されていてその植物は今まさに枯れようとしていた(「しおかぜエヴォリューション」)。六年前に同棲していた女性を探して山村を訪れた青年は、そこでエマノンと出会い、その女性の驚くべき正体を知る(「あしびきデイドリーム」)。
 1983年に刊行された単行本に最新作「あしびきデイドリーム」を加えて文庫化されたもの。「あしびきデイドリーム」は2001年の星雲賞日本短編部門の受賞作である。
 10数年ぶりの再読。若い頃に読んでその甘酸っぱさにココロときめかせた反面あまりの甘口に舌が合わないという感想を持ったものだが、中年になって読み返してみると、その甘味の裏に隠された重みみたいなものを読み取ることができた。作者の凄いところはシニカルにしようと思うといくらでもできる素材であっても、ストレートにその甘味を前面に出すことのできるところだ。作家と仕手の資質がそうだということもあるけれど、そうではないものも書けるのだから、やはりかなり意識して書いているに違いない。それを自然に読ませる技巧に改めて感心した。
 私の好みはもう少し辛口のものなんだけれど、「エマノン」みたいに甘口が徹底されているものも(ヤングなんかもそうかな)ちょいと胸にチリチリしたものを感じてそのチリチリ感がけっこう好きだったりする。でもそれを公言するのはちょいと恥ずかしいな。

(2001年11月1日読了)


目次に戻る

ホームページに戻る