昭和初期から浅草に君臨した二人の喜劇王、榎本健一と古川ロッパ。本書は二人の生涯を対比させながら東京喜劇の歴史をたどったもので、多くの資料をもとに時代の空気を再現させようと務めた好著である。
商人の息子であったエノケンと男爵家の六男であったロッパ。下積みからのし上がっていったエノケンと菊池寛の知遇を得て最初から座長格で出発したロッパ。見事な体技で大衆を魅了したエノケンと「声帯模写」を考案しインテリ受けしたロッパ。
何から何まで対照的な二人に共通したものは「笑い」の飽くなき追求であった。しかし、戦争がそれぞれの活動に影を落とし、戦後は往時の輝きを少しずつ失っていく。脱疽で片足を失っても舞台に執着したエノケンは叙勲までしたが、結核や肺炎など病魔に襲われ続けて気力を失ったロッパは経済的にも困窮し位階勲章に縁のないまま病死する。
ここに記されているのは喜劇という世界で一世を風靡したこの二人の光と影である。そして、人を笑わせることに生涯を賭けた者の執念の記録でもある。それは、エノケンにとっては肢体が不自由になっても舞台に上がることが生きるのと同義であったことであり、ロッパにとっては金に不自由していても仕事を選び続けたプライドであったのだ。なんとすさまじいことなのだろうと思わずにはいられない。
二人の喜劇王に正面から取り組み、「エノケン・ロッパの時代」を一冊の本として記録した本書は、日本の喜劇史を語るときの必読書となるだろう。いたずらに過去を懐かしむのではなく、客観的な視点を基本にしながら「芸人」への愛情が自然ににじみ出てくる。その思いの深さに感じ入るばかりである。
(2001年11月3日読了)