読書感想文


今池電波聖ゴミマリア
町井登志夫著
角川春樹事務所
2001年12月8日第1刷
定価1900円

 第2回小松左京賞受賞作品。
 2025年、日本は危機的状態に陥っていた。少子化防止対策のための「中絶禁止法」が裏目にでて、非合法で子どもを処理する者が増加。財政赤字で人員削減をしたために警察力やごみ処理能力が著しく低下。浮浪者が多数いる小都市、今池の高校生、森本聖畝は、学校を暴力的に支配するいくつかのグループのいずれにも入らず、一匹狼で腕力と性欲の塊である白石の使い走りのような存在として学校内でなんとか生きていた。金だけしか信じられない彼らだが、白石は町の娼館の少女マリアに入れあげ、常に金を欲している。校内のグループ抗争に巻きこまれた聖畝も金がいる。思いあまった二人は、JCDというコンピュータを使って相場を安定させることにより政府から地位と金を保証されている少女、真紀の家に侵入し強盗をはたらく。そこで聖畝が手にいれたディスクには10年前につぶれた大学の研究データが隠されていた。真紀と協力しあってそのデータの秘密を探ろうとする聖畝だが、その日から彼らを狙う影が暗躍し始めた。データに隠された秘密とはなにか。少年たちの進む先にあるものは……。
 退廃した社会に生きる閉息状態にある少年たちの刹那的な生き方がこれでもかこれでもかと描かれる。ここでは、弱者は強者には決して勝てないし、一般人の前には本当に必要な情報は与えられない。何のために生きるのかも見失われた暗胆たる未来しかない。
 現在の状態が進んだら、こういう未来が待っているということを極限まで進めた設定だといえる。だから、設定自体のほころびは散見させられるが、少年たちの頽廃的な日常のインパクトが強く、読んでいる間はあまりそれを気にせずに読める。
 つまり、本書は作者が自分の訴えたいテーマを徹底的に押し出し、われわれに対して「こんな未来は嫌でしょ」と呼びかけているのだ。
 だから、本書には救いはない。問題は、その救いのなさを読み手がどこまで許容できるかである。私にはこの救いのなさは許容し切れない。それは設定自体が登場人物の行動を規定しすぎてしまって必然的にもたらされる救いのなさだからだと思う。たとえば、作者はおそらく意図的に文化という要素を設定から排除してしまっている。文化的なものが入りこむと、救いのある話になるという選択肢が生まれてくるからだ。私としてはそういう選択肢を出しておきながら結局救いなく終わるという形をとった方が物語に偶然性がでてきて設定と拮抗できるストーリーになったのではないかと思う。現状ではストーリー性が希薄でこの分量だと辛いところがある。
 新人のデビュー作としてはかなり高い水準にあると思う。ただ、これ1冊で作者が抜け殻になってしまう危険性も感じてしまったりするのである。力作であるが故にその危険性がある。次作に注目したい。

(2001年12月9日読了)


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