バブルが弾けたおかげでボーナスをカットされた会社員、AV出演しか仕事のなくなった元活劇スター、会社倒産で失業して銀行強盗を計画するミシン販売員のコンビ、男尊女卑の社風の中で孤軍奮闘する女性編集者、高校生の女の子を妊娠させてしまい心中を試みるパンクロック青年、エリート会社員と結婚したが寂しい毎日を送るもと同人誌作家の女性、そして疑獄事件の渦中にある小心な代議士……。彼らは突如昭和30年代を思わせる歓楽街「狸小路」にまぎれこみ、「キャバレー狸御殿」で歓待を受ける。代金は1000円ぽっきり。ただし、「タヌキの森保護」の請願書に署名すること。そうすれば、彼らのもとには必ず幸福が舞い降りる。ノスタルジックな「昭和元禄」の世界にとびこんだ人々のくりひろげる悲喜こもごもの人間模様があたたかなタッチで描かれていく。
本書におさめられた連作が執筆されたのは1992〜3年。バブルが弾けた直後で、まだその残滓が世間にただよっていた時期である。今なら「癒し系」と呼ばれていただろうこの連作は、バブルのさなかで浮かれ舞い上がっていた世間に対し、戦後高度経済成長期にあったはずのひたむきな心を思い起こさせようという意図で書かれたようである。
本書はおとぎ話である。人情噺である。メルヘンである。ほのぼのとした楽天的な空気がただよっている。徹底的に後ろ向きな話である。そして、それをかなり確信犯的に前面肯定している。バブル時代に疲れきった作者が、自らの心を休めたいと願って書いたようにも思えるし、バブル時代を批判する意図でこのように仕上げたもののようにも思える。
もっともっと小市民に徹してほしい部分もあるし、自然保護というテーマも不要であるように思う。別にシニカルな線はねらっていないのだろうが、もっともっとお気楽に徹することにより、バブル時代の悪夢を完全に否定しきることができたと思うのだ。
それぞれの作品の構成は実にうまくできているし、登場人物に感情移入もしやすく書かれている。しかし、読者がバブル崩壊後の大不況時代を経験している現在に読むと、本書はまだまだ登場人物たちのペーソスに踏み込みが足りないように感じる。本当の苦しさや悲しみとはこのようなものではないのだ。そういう意味では、本書もまだバブルの残滓を引きずっているといえるだろう。
しかし、それでも私は本書を多くの人に勧めたい。後ろ向きに徹するということにより、作者が伝えたいものがわかるからだ。小市民の幸福とはなにか。スプーン一さじの幸福を望む人々の心象がみごとに描かれているからだ。そして、それは現在の状況では実に貴重なものなのである。
(2001年12月17日読了)