『魏志倭人伝』に登場する邪馬台国の女王卑弥呼について、『魏志』以外の文献や考古学の成果をひもといて、卑弥呼の存在それ自体を疑う。
著者は『魏志』の記述の正確性を疑問視し、『魏志』の筆者である陳寿や晋の人々がどれだけ「倭」国に対して正しい知識があったかを検証する。その上で、『卑弥呼』というのは個人名でなく、そういう職があったのだという見解に達し、その理由を提示する。
この検証は実に面白く、かなり説得力がある。が、『卑弥呼』という職があったという結論にこだわるあまり、恣意的な史料の読み方をしているように感じられる部分もある。例えば、『卑弥呼』職を継いだとされる台与だけがなぜ『魏志』では個人名を挙げられているかについては、納得できる解答をだしていない。『卑弥呼』職が台与の代で消滅した理由を前方後円墳の普及に求めているが、これも『卑弥呼』職というものがあったという説を前提にしたものであり、その前提が崩れたら論が成立しない。
あれこれと疑問点はあるが、それでも本書は古代史の研究に一石を投じるものであり、これを土台にさらに活発な『卑弥呼』論が展開されることが期待される。そういう意味では、本書は刺激的な一冊であり、古代史愛好家にとっては新たな論議をまきおこす叩き台となるものであろう。
(2001年12月26日読了)