情報工学の天才と呼ばれる島津圭助は、遺跡から発掘された石盤に刻まれていた古代文字を知り、頭を悩ませる。その文字には論理記号が二つしか存在せず、関係代名詞は十三重以上にいりくんでいる。そのような言語は人間には理解し得ない。理解できるものがいるとすれば、それは〈神〉しかない。古代文字を解読しようとする彼を拘禁したのは及川と名乗る諜報機関の人間であり、彼に接触してきたのは芳村という老人であった。前者は古代文字を解読して世界を意のままにしようという目的を持ち、後者は人間に対して無慈悲な〈神〉と戦おうとしていた。芳村老人のもとにいる仲間は精神感応者の理亜と、華僑にネットワークを持つ宗たち。〈神〉との戦いに加わった島津は、次々と仲間が倒れる中、孤独な戦いを続けていく。彼が敵とする〈神〉とはどのような存在なのだろうか……。
作者のデビュー作で、掲載時はなんと23才。デビュー作がその作家のすべてを表現しているといえる場合はままあるが、本書にはその発想のスケールの大きさや、豊富なアイデアとそれを支える論理や観念といった作者の特徴がはっきりと現れている。不可知なものに、人間として避けて通れない宿命とでもいうべきものに対してその謎を突き詰めようという姿勢が貫かれている。それは、その後も作者が書き続けていくことになる骨太なテーマなのである。
〈神〉はここでは全能の存在であり、擬人化されているようではあるが、人間にとっては不可知なものとして描写されている。
ストーリー展開の性急さや、決着がつかないまま主人公の運命を漠然と暗示するだけにとどまっているところなど、若さがはっきりとでてしまっている部分もあるが、だからといってそれが本書の価値をおとしめているというわけではない。逆に、それが観念的になりがちなストーリーを具体的なものにしているのだから、プラスにはたらいているといってもいい。
二十数年ぶりの再読であったが、私には十代で本書に接した時の衝撃とでもいうべきものが思い出されてならなかった。終末論の盛んであった時代に本書を読んだ高校生がその壮大なビジョンに圧倒されないわけがない。そして、いまやいささかくたびれた中年になった現在、本書が問いかけているテーマの重みを実感する。
臆面もなく書いてしまう。本書は傑作である。現在はハルキ文庫から復刊されているから、未読の方にはぜひ手にとっていただきたい。本書は、傑作である。
(2002年1月8日読了)