甲虫の戦士、ジローはいとこである生神(クマリ)のランに熱い恋をする。思いをとげようとしたジローは、狂人チャクラと女呪術師ザルアーの協力を得て神殿にしのびこむ。そして、そこで失われた宝石、月を奪い返すよう〈稲魂(クワン)〉のメッセージを受ける。そのためには〈空なる螺旋(フェーン・フェーン)〉にたどりつかなければならない。ジロー、チャクラ、ザルアーの3名は女王の治める死霊の都市での危難をくぐり抜け、他の甲虫の戦士たちと出会い、ついに〈空なる螺旋〉を守るスフィンクスと対峙する。そこで明かされる月の秘密とは。ジローは宝石を奪い返すことができるのか。
ヒロイック・ファンタジーを思わせる舞台設定は、民俗学的な根拠や生物学的な裏付けをきちんと踏まえ、精緻に築き上げられている。主人公たちが次々とむかえる危機の連続は手に汗を握らせる迫力だ。観念的なテーマは完全に消化され、上質のエンターテインメントとして読み手の前に提示される。
いつまでもその世界にひたっていたいと思う。読みおえるのが惜しいように思う。昔読んだ時はもう少し読みにくい小説であったように記憶しているのだが、とんでもない。私は何も理解できていなかったのだ。今読み返すと、本書の面白さに目を開かされる。だからといって、本当に私がこの作品を完全に理解しているかどうかはわからないのだけれど。
作者が到達した頂点の一つが本書である。そして、驚くべきことに作者はさらに高みを目指して本書以降にもさらに新たな世界を構築し始めるのである。その凄さを再確認することができた。
本書は現在ハルキ文庫で入手可能である。凡百のヒロイックファンタジーの顔色をなからしめる傑作であるから、SFファンのみならずファンタジーのファンにもお薦めしたい。
(2002年1月13日読了)