人類は非対称航行という技術により何百光年もの時間を突破し、背面世界に突入するようになっていた。その航行をおこなう者は〈鏡人=狂人〉になる措置を受けている。しかし、彼らの突入する背面世界は質量ゼロの世界で、彼らがどのような存在に変化したかは人類の想像の埒外であった。背面世界に突入する宇宙船〈前頭葉号〉をドライブする知能レインは、一つの特別な脳をコピーしたものであった。このレインが背面世界に突入する直前に突如狂い出した。〈大いなる疲労の告知者〉に召集をかけられた者たちは、時空を越えてオリジナルの脳、ブレインに関係の深い女性、真理を情報記号化した存在をレインに送りこみ、その原因を探ることにする。地球上では非対称航行の結果発生した幻想生命体が増殖し、宇宙空間に増殖していった。〈鏡人=狂人〉に対し、〈悪魔憑き〉と呼ばれる存在が背面世界を破壊すべく覚醒をはじめる。かくして、〈鏡人=狂人〉と〈悪魔憑き〉の戦いとその巻き添えを食らう無力な人類たちの歴史が刻まれてゆく。
独立した短編が少しずつ未来史を浮き彫りにしていくという構成で組み立てられたシリーズの1作目。観念的に構築された独自の宇宙にひろがる未来史は、本巻だけだとややわかりにくい部分もあるが、背面世界や幻想生命体というようなユニークな概念を駆使し、独特のムードを生み出している。
作者がデビュー時に語ったという「想像できないものを想像する」という言葉を実践したものが本書だとはいえまいか。背面世界にしろ、〈鏡人=狂人〉、〈悪魔憑き〉、幻想生命体、非対称航行など私のような貧弱な想像力しか持たないものにはイメージすることすらかなわない。が、読みこむうちにその概念がおぼろげながらもつかめてくる。最初に読んだ時はわかりにくかった内容が、形となって現れてきたのである。
本書は現在では絶版だが、「e−NOVELS」のサイトからダウンロードできるので、一読をお薦めする山田正紀の行き着いた究極の未来に触れ、SFという形式の表現できるものの奥深さを味わっていただきたい。
(2002年1月13日読了)