読書感想文


クチュクチュバーン
吉村萬壱著
文藝春秋
2002年2月10日第1刷
定価1238円

 第92回文學界新人賞受賞作である表題作と、受賞後第1作を収録している。
 表題作「クチュクチュバーン」は、人々が突如法則性のない変化を始めるようになった世界の混乱を描いたもの。ある者は蜘蛛のようになり、ある者は巨大化し、ある者はシマウマになり……。そして彼らは最終的には融合し、一つの物体になる。それが飽和状態になった時に起こった変化とは……。「人間離れ」はある時突如空から飛来した緑色と藍色の生物に次々と人々が食べられていく。人々は自分が人間でないところをそれらに見せれば食べられないと信じ、肛門に指をつっこんで直腸を出してみたり、心の底から犬になりきったりする。ある男は沖合いを通る船を目撃し、その船にたどり着けられれば助かると考え、手製のグライダーを作る。彼が飛んでいった船で目撃したものは……。
 作者は異常な状況を作り出してそこでの人々の無意味な行動を描くことにより、人間性とはなにかを問いかけているのではないかと思う。が、そこで作られた設定は、30年も前に筒井康隆が作り上げたものに酷似しているし、そこでうごめく人々の狂態もかつて筒井が描き出したものをそのままなぞっているように思う。新しいことをしているつもりなのかもしれないが、その描き出した世界は実に古びて見える。
 略歴を見ると、作者は1961年生まれとある。私と同じ世代である。中高生の時期に筒井康隆の洗礼を受けている世代である。SF作家では同世代の人たちがそれぞれに筒井の影響を受けながらもそれを消化して独自の世界を築いている。本書は、おそらくSFの新人賞ならば、下読みの段階で「筒井の模倣」とはねられかねない。しかし、純文学の作家となると、その作品世界をただなぞっただけで評価されるのだろうか。そこらあたりは純文学をほとんど読んでいないのでなんともいいようがない。
 なんにせよ、私は本書を読んで筒井の世界をブラッシュアップしようとして失敗した作品という印象を受けた。筒井康隆が純文学の世界にも足場を築いていることを考えると、この作者は今後筒井の呪縛からどれだけ離れられるかが勝負になってくるのではないかと思うのである。

(2002年2月16日読了)


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