昭和78年に東景を襲った怪獣のために、日本は大きな被害を受け、各地方ごとに自治政府が政治をするという状況になっていた。そして、昭和80年の夏、神那川縣比良坂市では、高校三年生の片瀬潤とそのガールフレンドの椎名麻美が廃屋で一人の少女に出会う。彼女の名は千歳都。都は、光り輝く妖精を呼び出す実験を行っていた。潤たちの親友、春田良樹はその妖精が怪獣を再来させる前兆だと考え、彼女との接触を避けるよう潤にいうが、潤は都に協力をする。一方、警察官の木暮は、殺人事件の現場に残されたシートがキリストの聖骸布と同種の特徴を備えていることを発見、殺人を犯したものの正体を探るうちに、怪獣襲来前に起こった航空機事故との関連を発見する。その数少ない生存者を探し始める。都は妖精を使ってなにをしようとしているのか。妖精と怪獣との関係とはなにか。そして、麻美との関係に亀裂を生じさせても都に協力する潤が知った全ての真相とは。
本書では、怪獣という存在は破壊のシンボルである。破壊のあとのトラウマ、そして抵抗しようのないものに対する人間の無力感。そういったものが怪獣という存在を通じて描き出される。
年号や地名の表示を見てわかるように、ここで描かれる世界は現実の日本とはパラレルな世界である。それは、単に怪獣が首都を破壊したという状況に説得力を持たせるだけに設定された舞台ではない。アイデアの根幹に、このパラレルワールドという設定は関わっている。
若者たちの心の動きなど、ていねいに書きこまれていて好感が持てる。怪獣を出現させないことで逆にその存在感を強めるという方法も成功している。アイデアの発展のさせ方もうまい。
ただ、なぜ怪獣が現れたかという根拠が私には納得がいかなかった。これ以上書くと種明かしになるのだが、昭和という年号が続いていることと怪獣の出現理由の関係が説得力に欠けるのである。ここはアイデアの根幹であるだけに、あまりさらりと流してほしくないところなのである。
いっそのこと、パラレルワールドというアイデアは封印してしまった方がよかったのかもしれない。怪獣の描写のない怪獣小説というユニークな作品だけに、その怪獣という存在にもっと焦点をしぼってほしかったと思うのである。
(2002年3月30日読了)