読書感想文


ジャグラー
山田正紀著
徳間デュアル文庫
2002年4月30日第1刷
定価676円

 霊界は存在した。それは、量子コンピュータの演算速度の限界を霊的現象が制限していたことで証明された。しかも現世の人間は霊界での素材として飼育されているというショッキングな事実さえ明らかになった。霊界と現世の緩衝地帯として作られた〈ファームランド〉では、霊界のものを現世のものの目に見えるように演算処理された結果、アメコミの世界のように俗悪な原色の町が広がっていた。そこで浮浪者となっているリョウは、霊界とのコンタクトを独占している国際組織〈ペンタグラム〉に対抗しようとしている5使徒に対し、アメコミのヒーロー、ジャグラーとなって戦うのだ。現実と幻想の境界で戦い続けるジャグラーが、戦いの果てに見たものは……。
 現実の〈死〉、そしてヴァーチャルな〈死〉にはどう違いがあるのか。我々が見ている現実とは、いったい何なのか。作者は実存哲学をアクションSFの形で読者の前に提示する。個人が知覚できるもののみが現実として認知されるものなのだということをジャグラーという道化の孤独な戦いを通じて表現してみせる。その展開のアクロバティックなところなど、作者らしさが横溢しているといえるだろう。霊界と量子コンピュータという異質なものを融合さるという離れ業にも驚嘆するばかりだ。
 親本は1991年刊というから、コンピュータの概念も今とはずっと違うはずである。それなのにまだ先をいっているように感じさせる。これこそが底しれぬ想像力のたまものだといっていいだろう。
 テーマの処理の仕方はやや生硬で十分にこなれきっていないきらいもなくはないが、実存哲学などというものをエンターテインメントとして展開しようという野心的な試みには脱帽するばかりである。

(2002年5月6日読了)


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