『ΑΩ』に見られるように、小林泰三は基本的に「いちびり」の作家なのである。「いちびり」とは関西弁で面白がって調子にのっ悪のりするというような意味なのであるが、彼は読者から「邪悪」というキーワードで語られるといちびってその「邪悪」を徹底的にエスカレートさせて喜んだりする作家なのである。そして、彼のホラーにはそういった「いちびり」精神が横溢していて、そのエスカレートぶりを楽しむことができる。
しかし、そんな彼もハードSFとなるといささか様相が違う。本書には7編の短編が収録されているが、ここでは彼のまた違った一面が見られる。実は彼はロマンティストなのである。
例えば表題作「海を見る人」では高低という位相の差が時間の進み方を変えるというアイデアを用いて、少年と少女の甘やかな純愛をなんのてらいもなく描いてみせる。
あるいは「門」。辺境の星域にあるコロニーで、その近くに開いた謎の「門」を破壊しようとする若い軍人と彼女にひかれて行動をともにする若者の初々しくもはかない恋愛。
母の愛にこたえようと調査先の星で命の危険にさらされながらも現地の生物の体機能をとりこみながら生きのび、そして母の元に帰ってくる子どもの切ない感情を描いた「母と子と渦を旋る冒険」。「天獄と地国」に登場する女性は、自分の子どもがいると信じている場所を探し求めるために宇宙をさまよう。
本書はハードSFの短編集である。SFとは科学的裏付けのある大胆な空想なのだということを示すアイデアを惜しげもなく投入している。時間や空間、重力などをモチーフにして読み手を驚かせ、そして納得させる魅力的な設定を構築している。そしてそこにロマンティックなストーリーが展開される。
もっとも、彼は今後は「ロマンティスト」というキーワードを徹底的にエスカレートさせたべたべたに甘い物語を書くという「いちびり」を見せるかもしれない。それはそれでまた楽しみである。
(2002年5月17日読了)
(本稿はネット書店サイト「bk1」に掲載されたものをそのまま使用しております)