泥でぬかるんだままの孤島に追い詰められた人々が次々と飢え苦しんでいく中で、謎の男が現れて水や食物とひきかえに私の妻から体の一部を奪っていく。聖者となっていく妻に対して私は……(「ぬかるんでから」)。町にあふれる宗教を説く者たち。それに対抗しようとしてもどうにもならない男。男が帰宅した時に妻は違うものに変貌していた……(「とかげまいり」)。
13の短編からなる作者初の短編集。くどいばかりの状況描写の積み重ねで描かれる異常な世界は、しかし淡々としたストーリー展開で静かに結末を迎える。この静けさはなんなんだろう。異常な世界を登場人物たちはそのまま受け入れ、そしてその世界に埋没してしまう。もしかしたら、現実の我々もそうかもしれない。最初は違和感やショックを感じたりしても、それを受け入れなければ生きてはいけないのだから。
その奇妙な雰囲気と、エンターテインメントとなる素材をそのように扱わない作風は、作者独自の世界だろう。本書はそういった作者の世界の見本市のようなものなのかもしれない。エンターテインメントの世界に慣れた読者は最初は面喰らうだろうが、登場人物たちがそうであるように、読み手がこの世界をそのまま受け入れた時、なんともいえない読後感にひたることができるのである。
(2002年6月1日読了)