読書感想文


だましゑ歌磨
高橋克彦著
文春文庫
2002年6月10日第1刷
定価762円

 寛政の改革の時期の江戸を舞台に、喜多川歌麿の妻が殺害された事件と改革による町人への締め付けの厳しさをからませた時代ミステリー。作者の得意分野である浮世絵に関する知識をうまく使い、それを謎の核心にもってきている。
 同心、仙波一之進は千に一つの洩れのない取り調べとその名前をひっかけた「千一」の異名をもつ。浮世絵師、喜多川歌麿の妻が行方不明になり、そして陰部を刃物で裂かれた死体となって発見された事件を担当したことから、彼は版元の蔦屋重三郎と知己になり、その真相を探ろうとする。おりしも、江戸の町では押し込み強盗が頻発し、それは寛政の改革に対する抵抗運動としての側面を明らかにしていく。事件を探る仙波だが、奉行は核心に迫ろうとする彼を事件から外そうとする。ところが、その腕を見込んだ火付盗賊改の「鬼平」こと長谷川平蔵が彼を自分の配下にと望んでくる。事件を探るうちに見えてきた改革の真の姿とは。歌麿の意外な正体とは。
 当時の錦絵の状況や幕府の支配体制、江戸の町衆の気風と武士たちの関係などが、読むうちにあらわになってくる。そして、主人公をとりまく人々たちの多彩なキャラクターがそれを生き生きとしたものにしあげている。無名時代の葛飾北斎と喜多川歌麿の出会いや、錦絵の技術の発達する様子が織り込まれているのも楽しい。さらに、写楽の正体を暗示するエピソードが何気なく盛りこまれているところなど心憎いばかりだ。
 江戸を舞台とした社会派ミステリーとして読むのもよい。改革裏面史を楽しむのもよい。なによりも錦絵と、それを愛した町衆に対する作者の思いの深さがこの作品を魅力的なものにしていることを味わいたい一冊である。

(2002年6月9日読了)


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