第3回日本SF新人賞受賞作品。
テレビプロデューサーの御手洗が家に帰ると、待ち受けていたのは牛だった。その牛は突如知能をもち、念波で彼と会話をするのだ。その牛は、彼の別居中の息子によってモー太郎と名づけられる。彼の担当するニュースショーに出演し、「牛権」を主張するモー太郎。動物保護団体も加勢し、ついに「牛権法」が成立する。しかし、そのために畜産農家は仕事を失い、和牛を食べたい者へ供給するためにヤミで牛肉が売買される。ことここに至り、牛たちは人間に対して実力で抵抗を始める。「牛の味方」として世間から認知された御手洗のとるべき道は……。
SFには昔から「人類家畜テーマ」というジャンルがあるが、本書はさしずめその裏返し、「家畜人類テーマ」といえる。発想を逆転させただけで、手垢のついたはずのテーマが実に新鮮に感じられる。作者はそこに、主人公のテレビプロデューサーの家庭の問題をうまくからませている。主人公が牛と対話し行動することにより、意識を変革させていく、その様子がていねいに書き込まれているのだ。このことにより、この作品には血が通い、単なるアイデアストーリーの域を脱したといえるだろう。
ストーリー展開はテンポがよく、物語を楽しく追うことができる。そういう意味では、SFにアレルギーのある読者でも、さほど抵抗なく読めるものに仕上がっていると感じた。
ただ、難を言えば、牛に知能が宿った理由が弱い。主人公たちの推測だけでその謎を暗示してはいるが、逆に中途半端な理由づけは不要だっただろう。謎は謎としてそのままにしておくという手もあり得たのではないか。なぜならば、本書は牛に知能が宿ったらどうなるかという発想の物語であり、牛になぜ知能が宿ったかが物語の軸ではないからである。
そういう意味では、本書はSFというよりもファンタジー的な作品であるように思う。
こういう読みやすく楽しい物語を書けるというのは、新人作家としてはかなりプラスではないかと思う。SFという枠にとらわれることなく、幅広い活躍が期待できる作家の登場なのである。
(2002年6月22日読了)