時代はバブル全盛期。警視庁六方面管区の綾瀬署には、新たな部署「失踪課」が作られていた。表向きは失踪事件を解決するための部署であるが、実は警察の御荷物となっている刑事たちが集められ、飼い殺しにされているのだ。アニメオタク、好色、頑固者、怠け者、博打好き、乱暴者……。警察内部では彼らの部署を「喪失課」と呼ぶ。彼らは今日もとるに足りないような事件に駆り出されている。自転車泥棒に、ブルセラショップ強盗、宅配ピザ配達人の失踪など。それぞれの刑事たちはばらばらにこれらの一見無関係な事件の解決に取り組む。しかし、綾瀬署を占領しようという重大事件が起きた時、これらの事件の端々に見え隠れしていた不可解なできごとが一つの謎に収斂されていくのだ。その背後にいる天才的な犯罪者SAKURAとは……。
本書の設定は、常識的に考えてもあり得ないことばかりである。しかし、それなのにまるで実際に起こったことのように嘘をまるごと受け入れてしまえるのである。こういう楽しみこそが小説の醍醐味といえるだろう。まさに手練れとしかいいようがない。
本書の主人公にあたる刑事たちは、決して無能なわけではない。それなのに御荷物とされてしまうのは、彼らの内に秘められた「過剰さ」にある。「過剰さ」が飽和点に達した人物たちは実世界では使い物にならないのだ。しかし、ここは虚構の世界である。天才的な犯罪者が驚異的な犯罪を犯そうとする時、普通の刑事では相手にならない。さりとてスーパーマンをもってきたのでは面白くない。役にたたないはずの人間がそれがゆえに大活躍をしてしまう。アンチ・ヒーローの定石を踏まえた上で、作者は彼らの「過剰さ」を実に魅力的に描いてみせる。
舞台をバブル全盛期にとったのにも興味がある。バブル崩壊後の閉息感ただよう現在では、犯罪の質も変わる。発作的な無差別殺人や生活苦が原因の窃盗などが主となってしまう。SAKURAのような存在を許さないのが現在の状況ではあるまいか。「喪失課」の面々もあっさりとリストラされてしまい、出番はあるまい。だからこそ、本書の舞台はバブル全盛期でなければならなかったのだろう。
作者があとがきで書く「B級作品の理想」がここにある。エンターテインメントかくあるべしという一冊。
(2002年7月28日読了)