昭和10年代を舞台にとり、抗日運動の激しい中国でのある大陸浪人の数奇な運命を描いた傑作。大陸浪人藤村脇は、親友の恋人を死に追いやったという負い目を感じたまま、彼女の故郷という幻の都市「崑崙」を探し求めてゴビ砂漠へたどりつく。彼がそこで見たものは、古代の猛獣サーベルタイガーであった。藤村は上海に戻り、再度「崑崙」を探す準備を始めるが、日本の諜報機関や馬賊たちも「崑崙」を求めて藤村を手中にし、案内人としようとする。殺し屋B・W、馬賊の倉田、暗黒街を生き抜く美少年天竜、諜報機関員森田といったメンバーが「崑崙」に向かうが、その途中、藤村を狙うかつての親友や諜報機関の影が彼らの周辺に見えかくれする。彼らは無事に「崑崙」にたどり着けるのか。「崑崙」の秘密とはなにか、そして遊撃隊員たちの運命は……。
作者は「秘境冒険小説」を現代によみがえらせるために、舞台を昭和初期にもっていっている。作者の力量をもってしても、現代を舞台にした「秘境小説」は難しかったということだろうか。しかし、日本に侵略される中国の姿など、当時の世情をうまく織りこみながら、20世紀終盤に新たな構想で「秘境小説」をよみがえらせようとした作者の意気込みが伝わってくる。執筆当時の作者はまだ20代。人間洞察や世界構築、そして「崑崙」の正体に関わる壮大なスケールのアイデアなど、その若さで書き上げたとは信じられない。
ストーリーは一気呵成にすすみ、多少の齟齬があってもそれを感じさせないパワーをもっている。私が以前読んだ時はまだ10代。そのストーリー展開に圧倒された印象しか残っていないが、40代を目前とした今こうやって再読すると、人間の無力さに絶望するという作者らしいテーマが突きつけられ、その絶望の深さに感じ入るところが大きかった。思うに、人間の無力さを強調する舞台として作者は「秘境」を最適なものとして選んだのだろう。その試みは、十分に成功していると思う。
(2002年8月3日読了)